OI実践ケーススタディ

社会課題解決を加速させる積水化学工業のオープンイノベーション:共創モデルと成功要因の深掘り

Tags: オープンイノベーション, 積水化学工業, サステナビリティ, 社会課題解決, 共創

オープンイノベーションは、企業が持続的な成長を実現し、複雑化する現代社会の課題に対応するための重要な戦略として注目されています。特に、サステナビリティや社会課題解決を軸としたオープンイノベーションは、単なる技術革新に留まらず、企業価値と社会価値の双方を高める可能性を秘めています。本稿では、日本を代表する化学メーカーである積水化学工業が、いかにしてこの領域でオープンイノベーションを推進し、共創モデルを確立しているのか、その戦略と具体的な成功要因を深く掘り下げて分析します。

企業の概要とオープンイノベーション導入前の課題

積水化学工業株式会社は、1947年の創業以来、高機能プラスチックスを核とした技術で、住・社会インフラ、高機能プラスチックス、医療の3つのセグメントにおいて多岐にわたる事業を展開してきました。同社は、社会のインフラ構築から人々の生活を支える製品まで、幅広い領域で革新的な素材と技術を提供しています。

しかし、21世紀に入り、地球規模での環境問題、資源枯渇、少子高齢化、地域間格差といった社会課題が深刻化する中で、企業がこれまでの延長線上で成長を続けることの限界が認識され始めました。積水化学工業もまた、自社が持つ技術やリソ-スだけでは解決が困難な、複合的かつ大規模な社会課題に直面し、持続可能な社会への貢献と自社のさらなる成長を両立させるための新たなアプローチが求められていました。特に、研究開発においては、基礎研究から応用・事業化までのサイクルを加速させ、市場の変化に迅速に対応する必要性が高まっていたのです。

オープンイノベーション戦略の策定と実行

このような背景から、積水化学工業は、自社単独での研究開発に限界があることを認識し、外部の知見や技術を積極的に取り入れるオープンイノベーション(OI)を戦略的な経営アプローチとして位置づけました。同社のOI戦略は、特に「社会課題解決」と「共創」をキーワードに掲げ、以下の3つの柱で展開されています。

  1. 社会課題解決型イノベーションの推進: 積水化学工業は、持続可能な社会の実現に向けた「積水化学グループ 環境中期計画(長期ビジョン)」を策定し、環境・エネルギー、水インフラ、ライフサイエンスなどの領域で具体的な社会課題解決を目指すことを明確にしています。このビジョンに合致する技術やアイデアを外部から募り、新たな事業機会を創出する方針です。

  2. 多様なパートナーとの共創モデル構築: 大学や研究機関、スタートアップ企業、他業種の企業、そして地域社会といった多岐にわたるステークホルダーとの連携を重視しています。特に、スタートアップ企業との連携を強化するため、CVC(Corporate Venture Capital)設立やインキュベーションプログラムへの参加なども検討されています。

  3. オープンイノベーションプラットフォームの構築: 効率的な共創を実現するため、具体的なプラットフォームを構築しています。例えば、京都に開設された「SEKISUI KANSAI Innovation Hub」は、社内外の技術やアイデアを融合させるための拠点であり、共創を促進するインフラとして機能しています。また、社内の研究開発部門を横断する「スマートイノベーション」推進体制を構築し、外部連携の窓口を一本化することで、パートナーとの円滑なコミュニケーションを図っています。

具体的な取り組み事例

積水化学工業は、これらの戦略に基づき、複数の具体的な共創プロジェクトを推進しています。以下にその一例を挙げます。

これらの事例では、積水化学工業が持つコア技術(高分子技術、材料設計ノウハウなど)と、外部パートナーが持つ異なる専門性(AI、IoT、バイオ、医療知見など)が融合することで、単独ではなし得なかった高度な技術開発や新たな価値創造が実現されています。

得られた成果と成功要因

積水化学工業のオープンイノベーション戦略は、以下のような多岐にわたる成果を生み出しています。

これらの成果を支える成功要因としては、以下の点が挙げられます。

  1. 明確なビジョンと経営層のコミットメント: 「社会課題解決」という明確な経営ビジョンと、オープンイノベーションへの経営層の強力なコミットメントが、社内外に方向性を示し、推進力を与えています。
  2. 戦略的なアセットと課題の明確化: 自社の強みであるコア技術と、解決したい社会課題を明確に定義し、どの領域で外部パートナーとの連携が必要かを具体的に特定しています。
  3. 信頼に基づいたパートナーシップ構築: パートナー企業との長期的な信頼関係を構築するため、知財の取り扱い、利益分配、プロジェクトの進捗管理において透明性と公正性を重視しています。
  4. 社内文化の変革とイノベーター人材の育成: オープンな文化を醸成し、外部との連携を厭わないイノベーター人材の育成に注力しています。研究者に対するインセンティブ設計や、異分野交流の機会提供もその一環です。
  5. 効率的なプラットフォームと体制: 「SEKISUI KANSAI Innovation Hub」のような物理的な拠点や、スマートイノベーション推進体制が、アイデアの創出から事業化までのプロセスを円滑に進めるための基盤となっています。

課題と学び

積水化学工業のオープンイノベーションは成功を収めていますが、その道のりにはいくつかの課題も存在しました。例えば、

これらの課題に対し、同社は継続的な社内コミュニケーション、専門部署による知財・法務支援、そして長期的な視点での評価指標導入などにより対応しています。特に、社内における「共創マインド」の醸成は、オープンイノベーションを文化として定着させる上で不可欠な要素であるという学びが得られています。

今後の展望と示唆

積水化学工業の事例は、社会課題解決を軸としたオープンイノベーションが、企業の持続的成長と社会価値創造の両立を可能にすることを示しています。今後は、さらにグローバルな視点でのパートナーシップ強化、デジタル技術(AI、IoT、ビッグデータ)の活用によるイノベーションプロセスの高度化、そして地域社会との連携を深めることで、より広範な社会課題の解決を目指すでしょう。

この事例から、他の企業が学ぶべき重要な示唆は以下の通りです。

まとめ

積水化学工業は、社会課題解決を経営の軸に据え、戦略的なオープンイノベーションを推進することで、自社の持続的成長と社会への貢献を両立させています。共創モデルの確立、明確なビジョン、そして社内外の信頼関係構築がその成功の鍵となっています。この事例は、コンサルティングファームのアソシエイトである山本さくら様が、クライアントへの提案資料を作成する際に、理論的背景と具体的な実践例を結びつけ、説得力のある戦略を構築するための貴重な示唆を提供するものとなるでしょう。今後も、企業が社会課題解決型オープンイノベーションを通じて、新たな価値を創造していく動向に注目が集まります。